村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』
多崎つくるは自分を空っぽの存在だ、というけど、仮にそうだとしても、そのこと自体が理由となって(「色彩を持たない」からこそ)、5人グループの調和を図ってきたのであるな。
10代後半という、一般的には人生のかなり早い時期に絶望して、はたから(少なくとも私から)見ると成功した人生を送っているようには見えるが、だれにも何にも期待せずの諦観が彼の人生を支配していた。恋人になりつつある沙羅に促され、かつての友人たちに会いに行くが、やっぱり、温かい再会だったとしても、失われた日々は取り戻せない。でも前を向いて生きていくしかない。人生は容赦なく続いていく。
それでも多崎つくるは、空虚な気持ちながら一人で生きてきた強い人で、巡礼によって、過去取り戻すことはできなくても、感情を取り戻すことができてよかったと思う。
2020/10/30読了
村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(文春文庫)
宮本輝 吉本ばなな『人生の道しるべ』
宮本輝さんは『錦繍』、吉本ばななさんは『デッドエンドの思い出』が大好きで、そのお二人の対談集があると知って手に取ったら、もう、大当たり。
お二人の人生についての言葉の深みに、ただただ感動した。
こういう、あたたかい気持ちで小説を書いている、と知ることができ、うれしかった。
これからも読んでいきたい作家さん。
(宮本さん)
・現実世界は、理不尽で大変なことばかりだからこそ、せめて小説の世界では、心根のきれいな人々を書きたい。(P11)
・人はつい、ご健康をお祈りしますとか、今年がいい年になるよう祈っていますとか、年齢がいけばいくほど儀礼的な言葉を他人に向けるでしょう。年賀状などそればっかりやん。でも実際に相手を思って、今年もこの人には健康でいてもらいたいと、心から祈れる人がどれほどいるか。しかしながら、個別の宗教観を離れて、この人には幸せになってもらいたいとどこかで本気で思っていなければ、人の心を動かすことなんてできません。(P62)
・古い言い方をすれば、男と女くらい相性が左右するものはありません。相性とは理屈で説明できず、合うか合わないかしかない。だから相性が合わないとわかったら、それはもう破綻。別れたほうがいいんです。(P84)
(吉本さん)
・私の勝手な想像なのですが、小説を書く人には多かれ少なかれ、ものすごく繊細なところと、誰が何と言おうとずばっといく豪胆なところ、極端に離れた要素があると思うんです。(P116 )
2020/09/27読了
窪美澄『私は女になりたい』
人の縁とは事故のようなものだ。
恋ってすごいエネルギーだなと、改めて思い知らされる一冊。
恋をするのには余裕がいることを口実に別れを切り出す奈美だけど、一方で、この恋を手放すにはあまりにつらく、のちのち苦しむことも分かっている。でも、別れる。
…恋愛って難しい。どういう道を選んでも、これが正解、というものがないんだろう。ずっと一緒にいたい人がいて、その人と一緒にいられなくなるかもしれない、というような事態が発生したとき、その人の前から消えても、一緒に(その先が地獄だったとしても)逃げても、どっちが良い、マシ、というものはないかもしれない。
希望が見える終わり方でよかった。
それから、箕浦さん、柳下さんと、奈美に一貫した女性の味方がいたというのが、すごく救われた。
窪美澄さんは、人生の難しさ、ままならなさを示したうえで、そのこと自体がいとしいんだよと、やさしく発信しつづけている作家さんだと思う。
2020/09/21読了